裁判の沙汰も金次第?

 ドイツで最大の金融機関、ドイッチェ・バンク(ドイツ銀行)のヨーゼフ・アッカーマン頭取は、心からほっとしているに違いない。

彼は320万ユーロ(4億8000万円)をポケットマネーから払うことによって、ようやく刑事被告人の汚名から逃れることができたからだ。

アッカーマン氏は、旧マンネスマン社の監査役会の一員だった。

同社がヴォーダフォンによって買収された際に、監査役会は旧マンネスマン社の社長だったエッサー氏らに、5700万ユーロ(85億5000万円)という巨額のボーナスを与えることを認めたが、検察庁はこの決定が背任にあたるとして、監査役会のメンバーだったアッカーマン氏らを、起訴したのだ。

彼はドイツ銀行の頭取になって以来、同行をグローバル投資銀行に変身させるとともに、リストラによって毎年利益を増やしてきた。

2005年の純利益は、前の年に比べて43%も増えて、35億ユーロ(5250億円)に達した。

投資家にとって重要な目安である税引き前の
ROE(自己資本利益率)も、16%から24・7%にはね上がった。

彼はロンドンの金融市場ではヨーロッパで最も優秀なバンカーとして、高い評価を受けている。

アッカーマン氏は、監査役の一員として、ボーナス支払いを承認したものの、私腹を肥やしたわけではない。

それだけにスイス人のアッカーマン氏は、「なぜ利益を上げて、ドイツ人を雇用し、多額の税金を払っているビジネスマンが、起訴されなくてはならないのだ」と強い不満を持っていた。

当初無罪になるものと信じ込み、満面に笑みをたたえて法廷で
Vサインを見せた写真を撮られて、「傲慢な銀行家」という悪いイメージをドイツ市民から持たれてしまった。

金融界での輝かしい名声と、ドイツ市民による悪評の間には、天と地ほどの差が開いた。

彼は一審で無罪を勝ち取ったものの、去年暮れに連邦裁判所が無罪判決を破棄したため、事件はデュッセルドルフ地方裁判所に差し戻され、今年10月から審理が再開されていた。

連邦裁判所が、裁判のやり直しを命じたことは、被告人が有罪になる可能性が高まったことを意味している。

有罪になった場合、アッカーマン氏がドイツ銀行の頭取の席に留まることは難しいと見られていた。

4億8000万円の私財をなげうったのは、形勢が悪いと判断したからだろう。

ドイツの刑法によると、被告人が金を国庫に支払うことによって、裁判所が審理を中止することは、珍しいことではない。

この場合、被告人は「前科者」にはならず、経歴には傷がつかない。

しかし、市民だれもが4億8000万円のお金をポンと払って、有罪になる危険を避けることはできない。

そう考えると、庶民の間では「裁判の沙汰も金次第ではないか」という、割り切れない気持ちが残るかもしれない。

差し戻し審が始まってから、わずか1ヶ月で検察庁と裁判所が、アッカーマン側の主張を受け入れ、裁判があっけない幕切れを迎えたことも、後味を悪くしている。

一部の政治家からは「司法が金に敗北した」という批判も出ている。

豊かな者は、金によって有罪判決も避けることができる一方で、金を払えない者は刑に服するしかない。格差社会の象徴的な一面と言えるのではないか。

筆者ホームページ http://www.tkumagai.de

週刊ドイツ・ニュースダイジェスト 2006年12月8日